ナニイロ

ひとりごと多め 思ったことを吐き出してます

自ら選択すること

数日間の夏季休暇が終わった。

つい夜更かしをしてしまい休み明けはとにかくだるく、仕事モードへの切り替えに

時間がかかっていた今までを反省し、今年は生活リズムをなるべく崩さないように

気をつけて過ごした。

起床時間を遅らせないように、なるべくいつも通りに近い時間(プラス1時間程度)に

したのだが休みが明けてすぐはやはりそこそこだるかった。

お昼頃までゴロゴロ過ごしていた今までもそれなりに楽しかったが、今年は休みに入る前に

某動画配信サービスに加入しておいた。朝から気になる映画やドラマを思う存分楽しんでも

まだお昼前。なんて素晴らしいのだろう。早起きっていいものだ。

 

お盆は正直少し苦手だ。

自分の人生の主役はもちろん自分自身だけど、自分1人の人生ではないことを

思い知らされるから。

ある程度の年齢になり、周りの声も痛い。

けれど、自分の人生をどう生きるかは自ら選択して歩んでいきたいと思う。

好きなことをしたい。好きなものを食べたい。好きなものを着たい。

今は今しかない。後から後悔しても遅い。

自分の人生に責任をもつ。

だからどうか見守ってほしいと思うのだ。

 

楽しみがあるということ

1年前の今頃、私は会社を辞める気持ちが固まった。

あとはタイミング。どう切り出すか、いつを退職日にしようかと

考え始めた頃だった。

休日は苦手な運転の練習に明け暮れ、どんな車を買おうか

情報収集をしていた。

それまで苦手と思っていた運転はそれなりになり、行動範囲はまだあまり

広がっていないけど、好きな時に好きな場所へ行くことができるようになった。

毎日乗るということ、少しの時間でも続けていけば確実に力になるのだなと

思った出来事だった。

買ったばかりの頃は車両感覚をつかむのに苦労し、買い物に出かけてもなかなか

駐車ができず苦労したものだが、今はわりとすんなり入るようになった。

念のためにと思いつけたカメラはほぼ出番なし。安全確認に少し使う程度である。

 

 

1年後。

私は転職した。

生活リズムが変わったり、好きなものや時間の使い方にも変化があった。

英語に興味をもち、海外ドラマや洋画を好んで見るようになった。

いつもの日常から少し離れる時間はとても大切だ。

ストレスは切っても切り離せない。物理的に距離を置くのが一番らしいが

職場の人間関係などはそれがなかなか難しい。

せっかくの休みは仕事のあれこれを一旦忘れて好きなことをしよう。

体にも心にも休息を。そう思うようになった。

2時間でいろんなものを見て、考えて、感じて。

次の週末は何を見ようか。

ちょっとした楽しみがあると、退屈な毎日も違って見えてくる気がしている。

 

休むことは悪いこと?

あと1ヶ月ほどでお盆の休みがやってくる。

が、夏休みや帰省ラッシュと重なるので落ち着いた頃に

久しぶりに旅行に行こうかと思い準備をすすめた。

入社して半年が過ぎているのでわたしにはあれがある。

“有給休暇”

仕事の波も分かってきたし、仕事の調整もしやすいので

日程はわりとすぐに決まった。

しかし問題はここからだ。

有給休暇は発生していても実際にとれるかは正直分からない。

というのも、この半年の間に有給休暇を取得した社員を私は知らない。

もしかして...

探したが、有給休暇の申請書は社内に存在しなかった。

任意書式でも構わないらしいので、自分で準備しようと思う。

「ウチには有休はないよ」そんな声も聞こえてきた。

申請する前からビビりまくっている。

休まず働くこと、残業することが美徳という時代を生きてきた上司。

果たして、申請は通るのだろうか。

誰も申請したことがない(らしい)という有給休暇。

休むことってそんなに悪いことだろうか。

社員は毎日早くから遅くまで働き、疲弊しているのが目に見える。

有給休暇を取得し、リフレッシュすることは会社にとっても、社員にとっても

プラスなはずなのに。

人手不足や周囲からの圧力で休みたいけど休めないという社員が大勢いる。

実際、不満もでているが、長くこの環境で働いてきた人々は慣れてしまったのか

我慢している。勇気を出して上げたその声は掻き消されたのかもしれない。

でも、これってやっぱりおかしい。

そう考える人が私以外にもいる。

有給休暇の取得は労働者の権利だ。

なのに、実際のところ消化率は著しく低い。

前職では半分も消化できなかったけど、有休を取得しやすい雰囲気作りは

一応していた。積極的にとる人、とらない人、とれない人、いろいろいたけれど。

 

 

ひとまず、申請してみようと思う。

結果次第では、私は次の道を選択するかもしれない。

それでもいい。

労働者の権利をきちんと守ってくれるホワイトな職場で働けるチャンスが

あるのだから。

 

長い1週間

やっと、やっと終わった。

環境の変化がもたらした影響は想像以上に大きく、

身体的にも精神的にもぐったりしている。

周りからも異様に見えているらしいのだが、どうにも

ならない問題の為、凌ぐしかないというのが現状。

適度に息抜きをしつつ、毒を吐きつつ、なんとか過ごす×5日間。

クタクタ、ヘトヘト。

仕事量よりも環境から受けるストレスが半端ない。

普段ならしないようなミスをしたり、決断を誤ったりと日常生活にも

少しずつ影響がではじめているのでもう少し様子をみて、ダメだと思ったら

環境を変えることも検討中。

自分の機嫌くらい自分でコントロールしようよ。

いい大人なんだからさ。

人の不機嫌に振り回されることなくご機嫌でいよう。

 

モヤモヤ感

忙しくても、ちょっとイライラすることがあっても、

すべてはこの日のため。

あと少しで会える。生で見れる。

楽しみにしていたライブ。

どきどきしながら開いた当選メールから数ヶ月後。

いよいよチケットがやってきた。

が、一気にテンションが下がってしまった。

遠い。遠すぎる。

何回かあるチャンスの一番初めで当選することができたので

そこそこいい席で見れるはずという期待があったのだ。

が、実際はそう甘くなくどう見ても後ろの席。

楽しみは一気に落胆へと変わった。

同じ空間にいれるだけで幸せ。

倍率が高くて外れた人もいるのだから。

分かっている。分かってはいるが、期待を裏切られた時の

気持ちはなんとも複雑だ。

勝手に期待してしまった自分が悪いのだが、ファンクラブ的なものに

入っていたので、勝手にいいように考えていた。

もう少しチャンスがあってもいいのに。

運営の仕方をもう少し考えてくれないだろうか。

真ん中より後ろという現実をなかなか受け入れられないでいる。

豆粒だろうなぁ。

距離感

大人と子供の違いはなんだろう?

傷ついた、悲しかった、とすぐ口や顔に出すのが子供らしさの

ひとつなのかもしれない。

平気そうな顔をしていながら、実は傷ついたり、悲しい思いをしていたり

するのが大人。

どっちがいいとか悪いという話ではない。

 

ふとしたことがきっかけでその人の本音に近いことを聞いた。

第三者の意見を間近で聞いて、同じ思いをもっていたのが自分だけではないと

知り、ほっとした気持ちになった。

その人の行動、言動に振り回されているのは自分だけではなかったのだと。

私が見る限りそんな素振りは一切なく、穏やかに、一定の心地よい距離感を

もって接しているように見えていたから驚きもあった。

そんな人なのだから、変えようなんて思わず、何か言われても涼しい顔をして

聞き流すこと。決して向かっていかないこと。それが自分を守ることにもつながる

から。悩みすぎることはない。仲良くならなくていい。仕事をしていくうえで

必要な最小限のコミュニケーションをとって過ごせばいい。

私は涙を堪えながら優しい言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

調子が悪い

忙しいのにうまく息抜きができなくて、体も心も限界なようだ。

体の疲れならなんとかなるけど、心の疲れはやっかいである。

仕事に追われる日々から離れられるはずの休日もなんとなくだるくて重くて、

ぼんやりしてたらまた月曜日が始まった。

だいたい、5日間の疲れを2日でとるなんて無理なんだよー。

最近は暑くなったり寒くなったりしていて、季節の変わり目で体調がおかしい。

もっと労るべきだったかな。

無理しているのに気づかずごめんね。

いつでも毎日絶好調なんてことはないけど、できれば日々穏やかに

過ごしたい。

とんでもなく調子がいい日もあればどん底みたいな波があるよりも。

長期のまとまった休みより、好きな時にちょっと休める方が嬉しい。

最近はそういう時間がない。

やっと有休が発生したけど、やっぱりなんだか使いにくくて。

旅にも全然行けてないし、バランスを崩してるのかも。

 

とにかく今はそういう時期なのだと受け入れて、気になってた本を

開げたり、録画していたものを見たり、音楽を聴いたり。

"ほんとはやりたかったけど我慢していたこと”を少しずつやり始めた。

心の元気が回復するきっかけはさまざまである。

買い物だったり、映画だったり、他愛もないおしゃべりだったり。

あれ、そういえば軽いかもと感じる日はちゃんとやってくるから大丈夫。

今までもそうだったじゃない。